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ヘイトクライムに立ち向かう ニューヨークのアーティストたち

執筆・写真:笹野大輔

ニューヨーク・アートの今と未来(第4回)

アジア系住民へのヘイトクライム(憎悪犯罪)が、ニューヨークでも問題になっている。見た目がアジア系というだけで、歩いている最中に殴られたり、蹴られたりする犯罪のことだ。原因は、トランプ前大統領が新型コロナウイルスのことを「チャイナ(中国)ウイルス」と呼んだこと、とされている。ヘイトクライムが増えて以降、ニューヨークのチャイナタウンには警官の姿が目立つようになった。

この事態にニューヨークのアート界で先陣を切ったのは、ニューヨーク市の人権委員会とアマンダ・フィンボディパッキヤ氏が共同した《私たちの街を信じている》シリーズ。駅や街角で見かける彼女の作品の1つに「スケープゴート」という言葉が入っているものがある。スケープゴートとは、文字にもゴート(ヤギ)が入っているように、古代ユダヤ教において、年に一度、人々の罪を負って荒野に放たれたヤギのこと。ウィリアム・ホルマン・ハントによる1854年に描かれた《The Scapegoat》という実際のスケープゴートの絵もあり、日本では《贖罪の山羊(ヤギ)》と訳されている。

つまり、アマンダ氏の作品に書かれた「私はあなたのスケープゴートではない」(冒頭の写真参照)の言葉の意味は、アメリカに住むアジア系だからといって、私をあなたの不満や憎悪の対象にしないでくれ、ということだ。その他にも「ここが私たちの居場所」「まだ自分たちの街を信じている」「あなた同様に私たちの国」という言葉がアジア系の顔のイラストに添えられた作品がある。移民国家でありながら、自らが移民の末裔であることを忘れたアメリカ人に向けた言葉だろう。アメリカでのアジア系住民の現状をよく表している。

ただ、ニューヨークに住んでいる筆者の実感としては、アジア系にヘイト(憎悪)を感じているアメリカ人は一部に限られる。単純に、ヘイトクライムの犯人は、日本でいう「通り魔」と変わりがない。日本で通り魔がプロレスラーを刺した、国会議事堂に1人で突っ込んでいった、という話を聞かないだろう。アメリカでのヘイトクライムの被害者も、アジア系の小柄な人物、もしくは高齢者や女性ばかり。だからヘイトクライムの犯人については、社会的背景なども論評に値しない。動機を「社会への不満」として、弱者を標的にしている通り魔と変わらないからだ。

それでもニューヨーク市民が自発的に抵抗と団結を見せ、自分たちの街をよくしようとしていることは間違いない。感覚としては、ニューヨークをみんなで大事に育てている。

ストリートアートで「ストップ・アジアン・ヘイト(アジア系への憎悪を止めろ)」もいくつか出て来た。今回紹介する2つは、アジア系の少年の頬に「coexist(共存する)」と書かれている絵(DRAGON76氏)と、白黒で描かれた少女から中国の赤いランタンが飛んで行っている絵(エイドリアン・ウィルソン氏)。作風こそ違うが、どちらも少年と少女をモチーフとして使う。子供は、アートで将来の「夢」や「理想」を追う対象によくなっている。ただし、描き手は大人。人種による偏見や差別がなくなる未来を夢見ているのは大人も変わらないのだろう。

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