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NYのウクライナ・ミュージアム――ウクライナの市民に寄り添う詩の朗読

執筆・写真:笹野大輔

ニューヨーク・アートの今と未来(第18回)

ニューヨークに住むウクライナ系の人たちは約15万人。なかでもウクライナ系の人が約8万人住んでいるとされるニューヨークのイーストビレッジに、ウクライナ・ミュージアムがある。展示されているのはウクライナの現代アートと民族衣装などの文化遺産。2005年に建て替えられたミュージアムは、主にウクライナ系アメリカ人の寄付金によるもの。ニューヨークでコミュニティとして大きくなった証でもある。

ウクライナからアメリカへの移民の歴史は古く、いまでは4世の人たちがいる。始まりはヨーロッパ人が移民した19世紀末と時期が重なり、次の移民の波は第二次世界大戦中・戦後へと続いた。当時のウクライナ人たちは、ナチスとロシアから逃れるようにニューヨーク行きの移民船に乗ってきた。だから「ロシアの嘘」は血肉となってウクライナ系住民に代々受け継がれている。

ロシアがウクライナ侵攻(攻撃)を始めて1週間後、ウクライナ・ミュージアムで、#StandWithUkraineという音楽と詩の朗読のイベントが行われた。出演は東欧文化との融合を得意とする劇団のヤラ・アーツ・グループと詩人たち。

半年前はこうではなかった、音も匂いも違った――。ウクライナ在住の詩人セルヒー・ジャダン氏の現地からの詩が届く。ウクライナで流れていた過去の当たり前の日常を知ることで、現在のウクライナの非日常が浮かび上がってくる。

詩の朗読は1人につき5分くらいだろうか、次の詩人が舞台に現れたかと思えばウクライナの民族楽器バンドゥーラの音色が聞こえ、詩の朗読が始まる。どこで終わるのかもわからない。戦争のように。

その他の詩人の詩からも「ロシア」という国名は出てこない。子供にも説明が付かない「NATOへの非加入」や「国家間のグレーゾーン」なる言葉も出てこない。彼らが寄り添っているのは、雪を解かして飲み水にしている避難民や、地下鉄ホームで生活せざるを得なくなった人など、自由な日常を奪われたウクライナの市民たちだからだ。

ウクライナの詩は続く。ニューヨーク在住の詩人ボブ・ホルマン氏は力を込めて、こう朗読した。嘘つきの真実はいらない。嘘が世界を食べている。真実は死んだ。だが人々が真実だ――。

ミュージアムに響いた彼の詩は、1ヶ月以上経ったいまも色あせていない。

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