小説「おっぱいとまんじゅう」苅谷 五葉
僕は、十七歳のときの一月五日に、家族に内緒で、唯という名前の女の子に会いに行った。どんな言い訳をして家を出たのか、どこに金があったのかは忘れてしまったけど、たしか雪が降っていた。二月には大学受験が控えていたが、深く考えていなかった。お気に入りのＡ.Ｐ.Ｃのコートを着た僕の頭の中は、控えめに言っても、女の子と初めてセックスをする期待と不安が九割を占めていた。
唯と知り合ったのは、友人の池辺が、メル友から友達に誰か紹介してほしいと言われて、僕を紹介してくれたのがきっかけだ。その頃は、まだｉモードというものが普及し始めた時期で、携帯電話の番号をそのままe-mailに設定している人が多く、適当な番号で作ったアドレスにメールを送れば届いた。それを利用して、女の子とメル友になることが流行っていて、池辺もその手口で女の子と知り合った。これが、僕がいた男子高のクラスだけの流行だったのかどうかは知らないけど、一歩間違えれば、犯罪に巻き込まれる可能性もあったのに、そういったことがなかったのは、運が良かったのか、今より社会が寛容だったのかはわからない。
だから僕と唯は最初、メル友だった。僕は唯とメールで会話をして（あの頃ほど、メールを打ったことはない）、何度か電話で話をして、言葉だけで繋がり、まだ見ぬ唯に焦がれた。そして、唯が池辺のメル友と一緒に大阪に来ることになり、僕らは初めて会うことになった。それが前年の十月のことだ。
唯は、かわいかった。肌が白くて、くりっとした目をして、笑顔が素敵で、とても柔らかくて大きなおっぱいも持っていた。誕生日が近いことを聞いていたので、マフラーをプレゼントしたことを憶えている。梅田の観覧車の中で。キスをしたような気もする。その日を境に、僕らはつきあうことになった。遠距離恋愛の完成。そして年明け、僕は再び唯に会いに行った。
駅の改札を出ると、プレゼントしたマフラーを巻いた唯がいた。僕らはぎこちなく、視線を合わせるとはにかみながら、そして、手を繋いで歩き出した。
ホテルをどうするかで僕は悩んだ。ラブホテルは違う気がした。だから、駅に近いビジネスホテルにチェックインした。ダブルとツインの違いがわからなかったその頃の僕は、ツインの部屋を選択した。
記憶にあるのは、ベッドが二つあったので少しがっかりしたこと。キスをして、ベッドに寝ると、服を着たまま、僕が後ろから唯を抱き締めて彼女のおっぱいを触ったこと。
触っていい？ 返事を聞く前に、僕は彼女のおっぱいを触った。初めて触る女の子のおっぱいだった。柔らかかった。そして、そのまま、手を腹のさらに下へ滑らせようとしたとき、彼女はやんわり僕から身を離した。
真の紳士ならここでどうしただろうか？ 僕のように、その後もしつこく、トライアンドエラーを続けないだろう。しかし、彼女は拒否した。僕も無理やり何かをする気はなかった。彼女のミルクのような甘い匂いを嗅ぎながら、これが乳臭いってやつかと思いながら、結局、体を重ねず、二人で同じベッドで寝た。
次の日、雪は降っていなかったけど、やっぱり寒かった。観光地に行くこともなく、僕はそこを去った。唯は、ホームの中まで僕を見送ってくれて、新幹線に乗る前に僕らは一度抱き合った。そして、何かが入った紙袋を僕に渡しながら、無理やりしないでくれてうれしかったと唯は言った。彼女は、僕を傷つけないためにそう言ったのかもしれない。セックスを懇願していた格好悪い僕を。
新幹線の中で紙袋を開けてみると、箱に入った紅葉まんじゅうがあった。十二個入。もしかしたら唯は僕の家族のことも考えてくれたのかもしれない（気遣いができる優しい子でもあった）。でも、当然、親に渡すわけにはいかなかった。だからと言って捨てることもできず、結局、新幹線の中で十二個全部食べた。今でも紅葉を見ると、甘い甘いあの味が僕の口に蘇る。
そして二月、僕の誕生日の一週間前、大学入試直前に別れようとメールがきて僕らは別れた。彼女はすでに地元の女子大に推薦で合格していたけど、僕はそうではなく、結果は惨憺たるものだった。大学受験とセックスを天秤にかけて、セックスを取ったのだから仕方がないけど、それも未遂に終わったのだから何とも言えない。いや、単なる馬鹿だ。
時々、あれは恋だったのだろうかと考える時がある。唯は本当に僕に恋をしていたのだろうか。僕は、彼女にすごく好感を持っていた（かわいい顔や大きなおっぱいも含めて）けど、ただ、セックスがしたかっただけかもしれない。でも、やっぱり、恋だった。（了）
「DayArt」の編集長自らが取材・体験し、執筆しています。
