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人工芝アートで再スタートを NYリンカーンセンター

執筆・写真:笹野大輔

ニューヨーク・アートの今と未来(第5回)

その日、ニューヨークで初の新型コロナ感染者が確認された。2020年3月1日、たったの1名。その後は倍々ゲームのように陽性者が増えていき、ニューヨークは厳格なロックダウンを行った。方針として、ロックダウンの解除日を定めず、再開は数値による科学的根拠に基づくとした。

ブロードウェイの劇場、美術館、博物館、映画館、コンサート会場など大型施設はすべて閉鎖。そのなかの1つで総合芸術施設であるリンカーンセンターは、マンハッタンのアッパーウエストにある。気軽に音楽を聴きに行けるコンサートホールとして市民に愛されている存在だけに「あそこまで閉鎖か」という衝撃が走った。

あれから1年と2ヶ月あまり。ニューヨークはやっと日常を取り戻しつつある。新型コロナのワクチン接種者は、マスク着用が原則不要にまでなった。5月10日、リンカーンセンター前の広場には、再開を象徴するかのように、芝生で覆われたパブリックアート《THE GREEN(グリーン)》が完成した。広場がリンカーンセンターの「リスタート・ステージ」の一環として生まれ変わったのだ。

手がけたのは舞台アートデザイナーのミミ・リアン氏。依頼を受けてすぐさま広場を「芝生のようにどこにでも座れる場所にすること」を思いついたのだという。元の硬い広場表面は、すべて人工の芝生で覆われた。この人工芝は石油を使わず、大豆由来のオイルで製造されている。リサイクル可能なバイオ素材だからといって「持続可能な人工芝」などと小難しい用語で理解する必要はない。鼻のいい犬たちが楽しげに人工芝の匂いをかぎ、遊んでいるからだ。表面は従来の人工芝よりも少しざらりとしているが、触り心地は本物に近づいている。

《THE GREEN(グリーン)》のデザインは明快で、広場に残した噴水の周りに、芝に覆われたアーチ状の屋根や、逆さアーチの遊び場を配置。両サイドの人工芝はせり上がっているので、大人は背もたれとして寝そべり、子供は滑って楽しめるようになっている。《THE GREEN(グリーン)》内では、飲料の販売と本の貸し出しも行われており、ソーシャルディスタンシングも過去のものとなった。

もし、この《THE GREEN(グリーン)》を建築家に依頼すると、どこかに丘のような場所を作ったり、動線をくねらせたりして「人を動かそう」「ここで休ませよう」といった設計になったのかもしれない。しかし、舞台アートデザイナーのミミ・リアン氏が手がけることによって、平面的な舞台装置をそのまま外部に持ってきたかのような斬新な空間になった。

今後は、昼は広場として市民に開放し、夜は野外コンサートが連日予定されている。舞台のような広場で寝そべり、広場のような舞台でパフォーマンスを行う。リンカーンセンターの「リスタート・ステージ」は、新型コロナからの街の再開と同時進行している。パブリックアートとしての《THE GREEN(グリーン)》は2021年9月まで。

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