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黒人となったナポレオン リアリティを求めて

執筆・写真:笹野大輔

ニューヨーク・アートの今と未来(第3回)

ブラックジョーク、ブラックリスト、ブラックマネー。黒にまつわる慣用句は多いけれど、黒はたいていネガティブなイメージがつきまとう。日本ではブラック企業なる言葉も定着している。

黒人という呼び名にしても、そのまま「黒人」と呼んではいけないのではないか、アフリカ系アメリカ人と書かなければいけないのではないか、失礼にあたるかもしれないので「黒人さん」と言っておこう…と、思考に“もや”がかかっている。

ニューヨーク・ブルックリン美術館に、ナポレオンを黒人に置き換えた絵がある。縦横の長さは3メートルを超え、美術館の入口すぐのところに何年も常設展示。いわばブルックリン美術館の看板絵だろう。元は1800年頃に描かれた《サン・ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト》というナポレオンの有名な肖像画だが、名もなき黒人に変わることで、スピンオフ・アートになっている。

この絵のタイトルは《アルプスを越えて軍隊を率いるナポレオン》。絵のなかの黒人は、ティンバーランドの靴を履き、迷彩服の上下、頭には白いバンダナを巻いている。作者のケヒンデ・ワイリーは、観る者に美術史の規範(「傑作」と見なされる一連の作品)の偏見、ポップカルチャーでの表現、人種や性別の問題について考えるように求めている、と語っている。

白人だと違和感のない絵が黒人に変わるだけでアートになる。黒人と呼んでいいものかどうか、という“もや”を一瞬で切り取った作品ともいえるだろう。現実には、アメリカで「黒人」を意味するブラックは「ブラック」と呼んでいる。だからホワイト(白人)と同様に黒人を「黒人」と呼んでなんら差し障りはない。

モデルとなったナポレオンの肖像画は、政治的なプロパガンダとしても有名な絵だ。つまり、嘘で塗り固められた絵。実際のナポレオンとは違い、英雄に見せるために軍服を着せ、大きく見せるために普段のロバを馬に変え、王のようなイメージ作りのために赤いマントを羽織らせた。

当時、ナポレオンは肖像画に対する自分の考えを述べている。「肖像画は本人に似ている必要はない。そこからその人物の天才性がにじみ出ていたらいいのだ」。現代人がSNSで虚像の自己アピールをしている姿と似たところがある。

ケヒンデ・ワイリーのこの絵は、多くの人が誤解している美術史に対して強烈なカウンターとなった。また、黒人の歴史についても考えさせられる作品になっている。

ニューヨークのマンハッタンは世界中のセレブが住むようになり、家賃が高騰、高級店が軒を並べる街になった。以前のような「ニューヨークらしさ」はブルックリンに代わったとして、ブルックリンに移り住む人も多い。虚像ではなくリアリティへの渇望ともいえるだろう。

ブルックリン美術館の正面には「YO」(Helloのスラング英語)の彫刻がある。その先には黒人のナポレオン。きっとこの絵はブルックリンに飾られていることがふさわしい。ケヒンデ・ワイリーは、スミソニアン国立肖像画美術館の歴代大統領肖像画コーナーに展示されるオバマ元大統領を描いた画家とも知られている。

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